JuniperBerry’s diary

日々感じたことや ふと思い出した事を 書いてます

笑う魚 その5

これまでのお話

『笑う魚』 その1 - JuniperBerry’s diary

笑う魚 その2 - JuniperBerry’s diary

笑う魚 その3 - JuniperBerry’s diary

笑う魚 その4 - JuniperBerry’s diary

 

「非科学的な事柄については、きちんと訂正せねばなりません。

無知な輩に 正しい知識を与えねばなりませんからな」

 モレーラス氏は 仕方なさそうな顔を装いつつも

いそいそと立ち上がった。

 

 立ち上がるのが一番おっくうそうで、且つ手間がかかったのが 

ダ・シルバ氏である。

それもそのはず あれだけ豪勢な食事の後では 

もともと巨大な腹回りが 二回りは大きくなって

自力で立ち上がることさえできない。

介助に手慣れた使用人達につかまって

椅子から大儀そうに立ち上がった。

 

 かくして四人は ナプキンを椅子の上に放り投げ

漁師を後ろに付き従えて パティオから離れへと向かった。

 

 通用口を開けると 

そこには 直径二メートルはある木桶が

みすぼらしい荷車に乗せられていた。 

荷車を引く リャマの首につけられた七色の飾りは 

元の色がわからないほど汚れている。

 

 男四人は荷台に(ダ・シルバ氏は 執事ペドロの用意した足台と 

使用人 二人の肩を支えに使って)よじのぼり 

木桶の中を覗き込んだ。

そこにいたのは 暗褐色をした 体長五メートルはあろうかという

頭でっかちの魚。

魚は濁った水の中で 藻を体に巻き付かせ

S字型になって漂っていた。

 

 モレーラス博士は 胸ポケットから手帳を取り出し、

何事かをぶつぶつと つぶやきながら メモし始めた。

 

 大きな黒い目と 天使のような黒い巻き毛をもった 

アレハンドロ・ナンブッコは

少年のように軽い身のこなしで 

木桶のふちに腰をかけ 笑いながら言った。

 

「こいつは驚いた。こんなに大きな淡水魚を見るのは

初めてですよ。

だけど、笑い顔というにはお粗末なしかめっ面だね。

モレーラス先生、こいつはビキールキールじゃないですか?」

 

 モレーラス博士は メモから頭を上げずに

「いや違うな、ヒレの数が少ない。

それにビキールキールはアフリカ原産だから

この付近に住みついているなんて ありえない」

 

 アレハンドロは口笛を吹いて、漁師を近くに呼び寄せた。

「おい君、このしかめっ面をどこで捕まえたんだい」

「へえ、オリノコの上流で」

 

「ふうん、こっから五十マイルほど離れているね」

「そうだろうそうだろう 万が一ビキールだとしても、

この辺で野生化したなんて話は聞いた事がないからな。

しかし、こいつはプレコストムスにも似ている。

だが、それにしては長細い。

体全体が粘液で覆われているところは ナマズそのもの。

しかし、それにしても大きい さて、こいつは何者だ」

 博士がひょいと桶の中を覗いた。

 

「手っ取り早く言って

この魚は学術的には 何にあたるんですかな。

正しい知識を早くいただきたいものだ」

 ガローチョが 布に切れ込みを入れたかのような細い目を

もっと細めながら博士に聞いた。

 

「だからナマズなんでしょ、だってりっぱなひげまで生えてますよ」

「違うと言っておるだろうが」

「ワシの見立てでは、ビキールナマズとプレコストムスの掛け合わせ」

 

 ダ・シルバ氏は 桶のふちに寄りかかって

三人と漁師のやり取りを 黙って聞いていた

丸い体をゆっさゆっさと左右に振りながら

転がるように荷車から降りて 漁師を手招きした。

 

「この魚は私がひきとります。ペドロから金を受け取りなさい」

 ダ・シルバ氏は魚の出自について議論に余念のない

他の三人の男達の方を向いた。

「これがなんという魚なのか、

涼しい所で じっくり話し合おうではありませんか。

こんな所にいたら体中から水分が蒸発して

干物になってしまいますよ」

 

そうして、先ほどから何度も顔を拭いたせいで

用を 全く成さなくなったハンカチで 

プールから上がったばかりのごとく 流れ落ちる汗を拭った。


その6につづく