京都鴨川を眺めながらいただくスイーツ 私の一押しカフェ🎶 〜そろそろバレンタインですね〜

シベリア鉄道の話題は

ちょっとおやすみいたしまして

 

 

先日のお稽古の帰り道

そろそろセールも終盤だなあ と思って歩いているうちに

高島屋バレンタインフェアのフロアに引き寄せられてしまった

 

女子の波 カップルの波に 圧倒されながら

ぶらぶらとチョコレートの間を歩く

 

一昨年 昨年といただいたのは

シルスマリアの生チョコ

今年も同じでいいかな、と思っていたけれど

こうやって さまざまな種類のチョコレートが並べられているのを見ると

どれもこれも綺麗で美味しそう

新しく試してみたくなる

 

目移りしちゃって、決められない ….…いやいや

買うつもりで来ていない

 

うむ、今日は我慢我慢

 

と、戻ろうとした時

一つのショップが目に止まった

 

あれ、サロンドロワイヤル(Salon de Royal)さん

フェアに出店してるんだ!

そりゃそうか チョコレートのお店だものね

 

サロンドロワイヤル の京都の店舗

以前 友人に教えてもらってからというもの

何かと通ってしまう 

カフェ併設の素敵なお店なのです

隠れ家っぽいロケーションが抜群

 

場所はちょっとわかりにくく

御池通りから北に上がって 右側

京都らしい 細くて細くて細い路地を 

まっすぐ行った どんつき

 

お店の奥は京都の風物詩でもある

「川床」になっていて

外の開放的な空気の中で 

スイーツをいただくことができます

 

鳥好きの私にとって

頭上を白鷺や蒼鷺がふわーっと飛んでくれて

近くの梢では小鳥が枝葉をついばんで

時折セキレイが 席の近くまで遊びにきてくれる

こちらのお席は たまりません

もちろん、ケーキも美味しいのです

 

そして、こちらの私の一押しスイーツ は

カロン

バレンタインフェアに出店しているくらいなので

チョコレートも 一粒一粒美しく 美味しいのですが

 

それでもやっぱり私がお勧めするのは

カロン かなー 

全種類制覇してしまったくらい 好き

 

フランボワーズは間違いなし

チョコ系もばっちり

フルーツ系のマカロン お勧めです

 

ちなみに 京都伊勢丹にも ショップがありますが 

そちらにマカロンは 置いていません

 

実は 私

某有名店のマカロンは ちょっと甘すぎて苦手

 

なのですが サロンドロワイヤルのマカロン

何個でもいただけてしまえそう

 

冬はちょっと寒いですが

もう少し暖かくなった頃

京都にいらっしゃる際には 

川床で 美味しいお茶にスイーツなど いかがでしょ

 

www.s-royal.com

 

 

 

 

 

 

 

ヨーロッパ横断 シベリア鉄道で日本を目指す!その9  シベリア鉄道

さてレニングラードサンクトペテルブルク)から

世界最長の路線(約9300km )を誇る

シベリア鉄道に乗車して ハバロフスク(モスクワから約8500km)を目指します

 

ちなみに シベリア鉄道の終着駅は日本海沿岸のウラジオストック

ただし、私が旅行した時は 

ロシア海軍司令部の置かれたウラジオストックに 

外国人が足を踏み入れることはできませんでした

 

もし、ウラジオストックまで行けたなら

船で日本に帰国 という手もあったかな?

いやいや 船は苦手なので それはないない

 

 

さて、カナダでチケットを予約した

ロシア専門旅行社の 女性によると

「とっても快適、シャワーも完備

とってもとっても豪華な寝台列車」との触れ込みだった

 

シベリア鉄道 ですが

 

外観はごく普通

もっときらきらを 想像していた私は

???

 

中に足を踏み入れて また

?????

 

正直に言いますと

これが? 豪華? どこが?

 

見た目も 中に入っても

ごくごく普通の寝台列車

もっといえば、日本の列車の方がずっと居心地が良さそう

 

そして一番ショックを受けたのが

シャワールームがどこにもない!😱

これから何日も シャワーなしで過ごすってこと!

(お姉さんっ「あるって言ったじゃない!」 と恨みつらみを言っても後の祭り)

こんなことなら、途中下車をいくつも入れておけば良かった(T-T)

 

どうする私🙀😱

 

愕然としながらコンパートメントに戻ると

前の廊下に目を引くものが

それは巨大なサモワール(ロシア製湯沸かし器)

 

ロシアはイギリスに負けず劣らぬ 紅茶愛飲国家

それもジャムを入れたりお酒を入れたり

なかなかパンチのあるお味がお好き

 

そしてこれから 毎日 朝昼晩+おやつの時間と

車掌さんがコンパートメントに紅茶を運んできてくれる

 

そして、お茶の時間の他にも、このサモワールには

とってもとってもお世話になった

 

今から考えてみれば お姉さんが言っていた

「超豪華寝台列車」は

ロシア=レニングラード間を結ぶ

「赤い矢号」のことだったに違いない

うーむ、不覚

 

「赤い矢号」は 

私の乗った1等でさえ お食事もそれなりだったし

「特等」になれば 個室毎にシャワールームがついているそうだから

 

ちょっとでも考えたなら シベリア横断鉄道は

ロシア中心部から極寒の地シベリアを通って

極東の地方都市を結ぶ列車

 

貨物列車ならわかるけれど

そこに超豪華列車が走る意味、あまりないよね

前のめった私の 大きな勘違いなのでありました

 

ただ、だからこその体験も沢山できました

そちらについては次回に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨーロッパ横断 シベリア鉄道で日本を目指す!その8  赤い矢号でレニングラードへ

 

モスクワからレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)へは

寝台特急「赤い矢号」に乗って8時間ほど

 

日の暮れた駅の構内は肌寒かった

寒いのとお腹が空いたのとで

駅中の売店ピロシキを買い

本場の 具がたっぷりあつあつのピロシキ

はふはふ言いながら頬張った

 

その脇を まだ若い兵隊さんの集団が

談笑しながら歩いて行く

ごく普通に歩いているのが不思議だったけど

その当時、ロシアで兵士の写真を撮ると 捕まるというのも聞いていたので

カメラはもちろん、あからさまにそちらを見るのもなんか怖くて

こっそりと目だけで追った(そっちの方が胡散臭い?)

 

私の乗る電車がホームに入ってきた

「赤い矢号」は つやつやぴかぴかの真っ赤な列車

内装も赤が基調

一等車に指定席をとっていたからか 

それまでの列車と比べたら ずっと快適だった

時世柄かそれとも 旅行客が少なかったのか

2人用コンパートメントに私一人だった

 

***

 

レニングラード 現在のサンクトペテルブルクの滞在中は

北国らしく曇り空が多かったけれど

時折 小さな青空が顔を見せてくれて

それが街をとても綺麗に見せてくれた

 

ここに来た一番の目的 

エルミタージュ美術館に 人の姿は数えるほどしかなかった

広くて展示数も膨大なので ガイドさんをお願いした

 

彼はロシアの歴史の専門なのか

それともロシア絵画と歴史とが切り離せないからか

私の興味とはちょっと違うところに フォーカスされてしまって

面白かったけど、そこだけがちょっと残念

 

レニングラードの街中を ぶらぶらと散歩していると

ネヴァ川につながる細い川が至る所を流れていて そこに

意匠を凝らした小さな橋がかかっている

お気に入りの橋を探しながら ずっと散歩

 

川沿いの街は なんで こんなに魅力的なんだろう

映り込み? 水の流れる音?

それとも人類に刻み込まれた記憶のせい?

 

レニングラードの建物は皆 巨大で且つエレガント

敷地が広大なので パリで感じたような圧迫感はなかった

 

チェーホフトルストイの世界

(そんなに沢山読んだわけではないので、単にイメージですが)に

ひょこっと入り込んでしまいそう

 

レニングラードはとても魅惑的な街だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨーロッパ横断 シベリア鉄道で日本を目指す!その7 モスクワ 赤の広場

 

とうとうモスクワに着いた

 

ここからの行程は全て

事前に購入したバウチャー通りに 動くことになる

「この町 楽しいから もっと長く滞在しちゃお」

とか

「時間ができたから 一足早く次の町に行っちゃおう」

なんてこれまでみたいな 自由気ままはご法度

 

モスクワでは赤の広場

ほとんどの観光名所が集まっているので

そこにさえ行けばいいのだけれど

いかんせん、道路標識のキリル文字がちんぷんかんぷんすぎる

 

事前に 読み方だけでも、と

ちょっと勉強したつもりだったけれど、

役に立つ域には到達していなかった💦

 

地球の歩き方』を片手に きょろきょろ周囲を見回しながら

赤の広場を目指していると

すれ違った女の子に呼び止められた

 

ロシア人の女の子って、どうしてこんなに綺麗なんだろう

3人とも可愛くて、ビスクドールみたい

思わず見惚れてしまった

 

「あなた 日本人?」と聞かれ

「はい、そうです が…」

「どこに行きたいの? 連れて行ってあげる」

と満面の笑顔

その笑顔にまたもやうっとり

 

お言葉に甘えて 彼女たちについていく

歩きながら 英語で観光案内をしてくれる

 

しばらく歩いていると

道端にアイスクリーム屋さんが店を出していた

一人の女の子が ひょいっと入って

1コーン買って戻ってきた

アイスが3個乗っかっている

 

世界どこでも、女の子はスイーツ大好きだよね😋

と思っていたら

そのアイスクリームを私に差し出した

 

え? 私に

「遠い日本からロシアに来てくれてありがとう

あなたを案内できたこと、すごく光栄だわ

これはそのお礼」

 

いつの間にか 目的地の目の前に来ていた

 

え? 光栄って そんな

(多分 「案内できて良かったわ」くらいの意味だったんだろうな)

いやいや、感謝するのはこちらの方で と

しどろもどろになっている私に

またもや天使の笑顔を見せて

3人は手を振って 元きた道を小走りに戻って行った

 

アイスクリームはすっごく美味しかった

 

見どころだらけの赤の広場

カラフルな玉ねぎ頭の おとぎ話に出てきそうな

歴史的建造物たち

じっくり しっかり見たはずだけど

3人の印象が強過ぎて あまり覚えていない

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨーロッパ横断 シベリア鉄道で日本を目指す!その6 ワルシャワからモスクワへ

クラクフからワルシャワを経由して 

モスクワへは寝台列車で向かった

 

コンパートメントには若夫婦と私の3人

奥さんは 食料品をたくさん持ち込んできていて

ピクルスやクッキーを次から次へと勧めてくれる

 

旦那さんがバッグから乾電池を出してきて

なんでもいいから 日本のものと交換してくれと言ってきた

ただ、私としても

ギリギリの荷物で旅行していたから

どれをあげても困ってしまう

 

けれど、日本人を見るのがとってもめずらしいのだろう

この機会を逃してなるものかと

旦那さんのアピールはとまらない

これもつける これもどうだ とお店を開き始めてしまった

奥さんが ごめんなさいね と何度も謝ってくる

 

必要だったら どこかで買えばいいか

お土産にもなるから

 

食料品のお礼に と 

トレーナーを渡した

 

旦那さんは早速着ようとしたけれど

小さ過ぎて 奥さんと私は吹き出し

 

夫婦は感じのいい人たちだったし

外をみたり時々話をしたり

久々にほっとできる列車旅行だった

 

翌日になって 夫婦はにこやかに手を振りながら

列車を降りてしまい

コンパートメントは急に寂しくなった

 

ぼんやりと外を見ていると列車が速度を落とし始めた

駅? と思って窓から外を見ると

制服を着た人たちが大勢歩いている

列車の中がざわざわとし始めた

 

他のコンパートメントの乗客なのか

言い争っている声が聞こえてきた

ポカンとしているうちに

ノックの音がして

軍服?を着た若い女性管理官が

コンパートメントのドアを開けて入ってきた

 

パスポートチェックだった

荷物を広げられて中身を確認され

ボディチェックもされた

 

「あれは何?」

騒ぐ声が続いているので聞いてみた

「許可されている以上の紙幣を持ち込んだのよ」

案外気軽に答えてくれた

(私は所持金を確認されなかったけど、外国人は良かったのかな?)

チェックは特に問題もなく終わった

 

しばらくして

列車が音を立てながらゆっくりと動き出した

 

窓の外を見ると、列車から降ろされたらしい人たちが

こちらを見ながら立ち尽くしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨーロッパ横断 シベリア鉄道で日本を目指す!その5  ハンガリーからチェコ、そしてポーランド

ベルリンからハンガリーブダペスト そして チェコプラハ

久しぶりに名所旧跡を散策し 観光らしい観光を楽しんだ

 

ブダペストは現地の旅行ツアーに参加して 

アメリカ人の陽気さとお喋りパワーに圧倒され

 

プラハでは ミュシャ(ムーハ)のステンドグラスにため息をつき

王宮や黄金の小道を のんびり散歩したり お店をひやかしたり

日の暮れていくカレル橋は まるでファンタジーの世界にいるようで

銅像が今にも動き出しそうだった

 

ところで 貧乏旅行のため ホテル代をケチって

移動にはできるだけ夜行列車を使ったのだが

 

ブダペストからプラハは激混みで

寝ることができないばかりか

コンパートメントに予約客以外まで流れ込んでくる始末

ショルダーバッグをしっかり抱えて座ったまま 

夜が明けるのを待った

 

その一方で

プラハからポーランドへの電車はガラガラに空いていて

コンパートメントに私一人だった

その頃の東ヨーロッパを旅行する際は

「盗難に注意 荷物から目を離さず 靴は脱がない!」 と聞いていた

 

荷物は勿論 靴を盗られたら困るので

靴を履いたまま座席に横になった

チケットコントロールに来た車掌さんが

身振り手振りを使って「靴を脱いで」と注意してくる

けれどこちらは、靴なしで旅行するかどうかの瀬戸際

(私の足のサイズは22.5cm

万が一盗られたら、サイズ探しで 一苦労するのが目に見える)

 

理解できないふりをして、(座面に足は乗っけずに)履き続けた

仕方のないやつ、と諦めたのか 

防犯のためもあったのか車掌さんはそれ以降も 

ちょくちょくコンパートメントを覗いてくれたけれど

しっかりとはいた靴は見ないふりをしてくれた

(わからないふりして ごめんなさい)

 

そんなふうにして

プラハからポーランドクラクフに移動した

クラクフは かつてポーランドの王都だった 美しい長閑な町で 

世界文化遺産(最初に指定された12地域のうちの1つらしい)らしいけれど

この街の名前を知っている日本人は それほど多くないかもしれない

 

だけど アウシュビッツの名はほぼ全員が知っていると思う

クラクフアウシュビッツの玄関口

 

その頃 (私の情報収集能力が未熟なのかもしれないけれど)

アウシュビッツを訪れるには 

クラクフからタクシーで往復するしかなかった

 

クラクフの駅でつかまえたタクシーは

農村地帯の一本道をずっと走る

 

タクシーは あの有名な鉄の門の前で止まり

私は運転手に迎えに来て欲しい時間を伝えた

 

訪れている人は少なかった

片手で数えられる位 

時々 部屋に入る時に一緒になったり

すれ違ったりするけれど

誰もほとんど声を発しない 

 

訪れている人びとを含め

まるでインスタレーションの中にいるようだった

 

高校の修学旅行は

グループ毎に行き先を決めることができたけれど

広島の原爆資料館だけは ルートに入れなければならなかった

 

友達と一緒に見た 原爆資料館の展示は

あまりにも生々しくて、凄惨で、うなされそうに恐ろしく

カラー写真が多くあったわけでもないのに

内部が色の洪水に思えた

呻き声や慟哭が充満しているようで

苦しくて座りこんでしまいそうになった

 

アウシュビッツはその対極だった

モノクロの世界 不自然なほどの冷たい静けさ

 

ボルタンスキーの作品に似てる と思った

(本当は作品の方が似ているのだけど)

ただ、ボルタンスキーのインスタレーションには

生命の余韻や 感情 想い のようなものが感じられるけれど

こちらは 抜け殻を見ているようだった

 

外に出た

頭の上の空は どんよりと重苦く感じるほどに 暗い色をした

雲に覆われていたような記憶があるけれど

それが 本当に自分の記憶の中にあるものなのか 

それとも どこかで見た写真とごっちゃになっているのかも

定かではない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと自由すぎた (今週のお題 「試験の思い出」)

 

今週のお題「試験の思い出」

 

ヨーロッパ話をちょっとおやすみいたしまして

今回はお題「試験の思い出」について書かせていただこうと思います

 

 

ある夏のこと 仕事に間が空いたこともあって

ふと絵を描きたい と思った私

絵を習おうと 行ったところが

(何を勘違いしたか) 美大の受験予備校 夏期講習

 

ところが、予備校なのに

意外や意外 描くことが無性に楽しくなって

半年通ってみることにした

 

予備校だから勿論 クラスメイト(みんなまだ18、19歳)は

みんな受験する

そこで私も 周囲に流され

何年振りかで 入学試験を受けてみることにした

願書を出したのは  東京芸術大学 

 

東京芸大一本狙い といえば なんかかっこいいけれど

受かる訳ないのだから 

たくさん受けても受験料が勿体無い

 

あと、万が一、万が一ですよ

万が一まぐれで 私立を受けて 

受かったとしても 学費高すぎるし と

必要のない心配までした結果の

受験校選定 一本勝負

 

センター試験を受け

実技の一次試験は国技館

 

すごい人数の若者たちが 画材携え 

枡席から椅子席までずらーっと並んでいる様は

ただただ壮観

 

一次の実技課題は鉛筆デッサン

カリカリサクサクと 青虫が葉っぱを食べるような音が

広い国技館のそこかしこから聞こえてくる

 

その中で

皆んな頑張ってるなー と

まん丸い目で キョロキョロしている私

 

まず、国技館に入ったこと自体それまでなかったし

天井高いー

 

 

そして 忘れた頃にやってきた 

 

結果発表

 

え? 嘘⁉️ えーっ❓⁉️❓

なぜか 一次試験に受かっていた

 

何が起こった!?

 

私も驚いたが、予備校の先生も驚いた

 

ということは

二次試験 受けなきゃじゃん

だけど対策なんてしてない

どころか 受ける事自体予定してない

 

だけど、予備校であるからには

先生は指導しなくちゃならない

(下世話な話ではあるが

合格者の数は 先生のボーナスにも大きく関わってくる)

 

はっきり言って、それまでに描いた油絵の数なんて

指で数えられるくらい

どうしたらいい

 

そこで、困りに困った予備校の先生から出た指示が

「お前に油絵は無理だ オブジェで行け」

 

オブジェ!?

なんのこっちゃ

 

以前 課題で作ったオブジェが

先生の印象に残っていたらしい

 

そう、絵では勝負できないから 

なんかキャンバスの上に作ってこい ってこと

 

そして来ました 二次試験当日

会場は上野の東京芸術大学

こちらにも 国技館同様 初めて足を踏み入れます

 

自分の受験番号に割り当てられた部屋に行き

芸術系大学の教室も、普通の大学と同じなんだなー

なんてことを考えながら 

受験番号毎に割り振られた

床に貼られた区画指定のテープの中に座る

 

そして

開始! の合図

周囲の未来の芸術家達が キャンバスに真剣に向かっている中

私一人だけが 課題を無視して

 

発泡スチロールを切ったり

ダンボールに色を塗ったり

ボンドでペタペタ貼り付けたり

砂をぶっかけたり

 

同じ部屋で試験を受けていた人たちは

変なやつと一緒になっちゃったなあ、 と思ったに違いない

一人でギコガコうるさいし

 

 

結果は勿論 不合格でしたけど

ご一緒した受験生のみなさん 急に訳のわからないものを作り始めて

ごめんなさい