JuniperBerry’s diary

日々感じたことや ふと思い出した事を 書いてます

トラムで遠巻きにされてしまった話

ドイツに住んでいた時に、矯正を始めました。

現代人にありがちの、口腔が狭くて歯が大きい口なので、

歯並びががちゃがちゃだったんです。

 

ドイツも日本と同じで、普通の歯医者さんと

矯正を専門としている歯医者さんは分かれているのですが、

もう一つ、抜歯を専門にする歯医者さんがいます。

 

矯正するスペースを作るためには、

私の場合、健康な歯を4本抜く必要がありました。

親知らずは既に日本で抜歯していたので、

普通の人よりも8本少ないことになるでしょうか。

 

抜歯専門の歯医者さんは、行きつけの歯医者さんから紹介してもらいました。

歯医者さん曰く

「怖がらなくて大丈夫よ、1年に何百本も抜いているプロだから。

ちょちょいっと抜いてくれるわよ。

片側ずつ抜くように伝えておくわ」

 

そっか、それに、一気に両方抜いたら食事が大変になりますもんね。

 

私、抜歯自体は怖くないんです。

手強いと言われている親知らずを日本で抜歯してもらった時も、

歯茎を切開して4つに割って抜くという荒技だったにもかかわらず

ふうーん、って思っているうちに完了したし、

その後、痛み止めも一錠飲んだきりで、全く問題なしだったんです。

(ただ、大学病院の部長先生だったので、口を開けている間中、

研修医に取り囲まれていたのはちょっと…でしたが)

 

さて、ドイツに戻ります。

 

特に何の心配をする事もなく抜歯専門医のドアをたたいた私。

 

「やあ、きみか、日本人だね」と

グローブみたいに大きい手を差し出してきたのは、

まるで熊のような大男でした。

握った私の手を、漫画みたいに上下にぶんぶんと大きく動かしたので、

舌を噛みそうになりました。

 

私の口の中を見るなり、その熊男さんは

「これなら簡単だ、片側ずつじゃなくても、

両方一気に抜けるよ、抜いちゃおう」と……。

 

「いや待て、それは話が違う!」

と止める間もなく、麻酔を両側にされてしまいました。

 

そして熊男さん、私の口にあのグローブみたいな手を突っ込んで

歯をやっとこみたいな器具で掴んでぐいぐいやりはじめたんです。

 

ドイツでは目のところにガーゼやタオルをかけるようなことはしてくれません。

熊男さんのやっていることは全て私から丸見えです。

 

「小さいくせに抜けないな」

「なんだ、抜けない」

「こいつめ、えい、力がいるな」

 

 

私がドイツ人より小柄だからって、乳歯だと思ってたとかないですよね!?

 

熊男さんは思ったよりもしぶとい歯と悪戦苦闘するのに精一杯で

私が顎が外れるんじゃないかと気が気でないことになど

全く気づいてくれませんでした。

 

やっとの事で抜き終わり、

熊男さんは清々しい顔で、してやった!感満載の笑顔、

一方の私は疲労困憊。

歯を抜いた痛みよりも、極限まで大きく開け続け、

熊男さんの剛力に耐え続けた顎の方が痛かった。

 

出血がなかなか止まらなかったのと、顎が痛いのと疲れたのとで、

2時間ほど椅子に座って休ませてもらいました。

 

私の顔を見た受付のお姉さんが、

タクシーを呼ぼうか? と言ってくれたのですが、

それを断って駅に向かいました。

家がトラムの停留所から歩いてすぐだったので、

タクシーを使うほどでもないな、と思ったんです。

 

車内はなかなか混んでいました。

まだ麻酔が効いていたので、

目を閉じて席に怠さmaxでどよーんと座っていました。

そろそろ降りる頃かと目を開けると、なぜか私の周りだけ誰もいない。

本当に綺麗に丸く、誰もいなかった。

人でいっぱいの車内に、ぽっかりと穴が空いてるんです。

 

え? どういうこと? と周囲を見回してみたけれど、

何か変なものが落ちているわけでも、変な人がいるわけでもない。

そして、私と目の合ったおばさんが、気まずそうに視線を逸らすんです。

 

理由が私にあることは明白でした。

でも、それがなぜなのかはわからない。

変なの と思いつつ、そのまま帰宅しました。

疲れてぐったりで、麻酔でだるいしすぐに寝たかったけど、

まずは口の中に止血用に入れた脱脂綿を吐き出さなくちゃなりません。

 

洗面所に行って鏡を見た途端、

そこには、遠巻きにされた理由がしっかりと映っていました。

 

口の中いっぱいに溜まった血が、閉じた唇の隙間から滲み出て、

「私、今しがた人を喰って来ましたよ」的なお口になっていたのです!

 

受付のお姉さんがせっかくタクシーを呼んでくれるって言ったのに、

なんで断るかな、私。

 

いっそのこと、ハロウィンの仮装でもしてたら良かった。

 

脱脂綿と血を吐き出そうとしましたが、

まだ麻酔が抜けてなくて、できるのは口を開けるか閉めるかのみ。

マリオネットみたいにパカっと開けた口から、

血が大きな塊になって下に落ちていきました。

 

午前中に抜歯して、夕方になっても抜けないドイツの麻酔。おそるべしです。

(実は、夜になってもまだ完全には抜けませんでした。

ドイツ人向けの麻酔量だったんでしょうね。)

 

海外で病院に行くときは、日本人慣れしているところに行くか、

薬は子供向けの量でお願いする事を、心底お勧めします。

あと、ドイツの抜歯専門医から帰る時は、是非ともタクシーで

(もしくはハロウィン衣装の用意をどうぞ👻🎃👻)