<ウン十年前、まだ若かりし頃のお話です>
パリから逃げるようにして電車に飛び乗り
ウィーンに着いた頃には 夜になっていた
唯一ありがたかったのは 暗いがため
パリの時みたいに 建物に圧倒されずに済んだこと
宿は 現地でどうにかしようと思って 予約していない
けれど この遅さでは 斡旋してくれるところは当然閉まっている
そうなるだろうと
電車の中で『地球の歩き方』の中から 目星をつけておいた
公衆電話を探していると
「あなた日本人よね」 と日本語で話しかけられた
小柄な女性(60代前半くらいに見える)が私の目の前に立っていた
「泊まるところをさがしているんでしょ
私のところにいらっしゃい」
「ボヘミアングラスのシャンデリア付きの部屋があいてる
そんな部屋、なかなかないわよ」 という
シャンデリアは必要ないが、寝る場所は今すぐにでも必要だ
だけど 向こうから声をかけてくるなんて
大丈夫かな 信じていいのかな
他に誰かいないかと 周囲を見回す
「私はウィーンに住んで長いから
穴場やとっておきの見どころも教えてあげられる
悪いこと言わないから うちに泊まりなさい」
暗い夜の勝手を知らない町で 自力で宿を探すか
それとも
この 見知らぬおばさんに着いて行くか
ちょっとだけ考えて
えいやっと 彼女に着いて行くことに決めた
お値段は(シャンデリアのせいか)予算をちょっと超えていたけれど
もう疲れていたし いろいろあったし
久しぶりに聞いた日本語に すがりたくなったのかもしれない
おばさんのやっているB&Bは 歩いてすぐのところにあった
部屋には本当にシャンデリアがぶら下がっていて きらきら光っていた
ど真ん中に置かれたベッドには
女の子が大好きそうな花柄のカバーがかかり
家具はパステルカラー
節約旅行者の私には もったいないような部屋だった